雪ゆるみ 乗鞍岳

人見 邦明


期 日  4月1・2日 車利用の山スキー
メンバー 中村CL、人見、小泉
行 程 4月1日 6:30 田端 7:00 中村宅 首都高・中央道で 松本から乗鞍へ11:00 乗鞍高原スキー場 国設リフト横からシール登行 14:30 2100メートル付近に幕営
2日 4:00起床 6:00 出発 竹竿沿いにシール登行 10:30 肩の小屋着 アイゼン・ピッケルで歩行 12:00頃 剣が峰山頂 同ルートを戻る 肩の小屋からスキー滑降 2:00幕営地・撤収 3:00 駐車場 4:00 新島々で入浴 5:00 帰京 8:00 池袋駅解散


 集会後の飲み会で山スキーの話が持ち上がり、新人の小泉がこれに乗ってきた。中村から天元台から西吾妻山のプランが提案された。そのつもりで準備を進めてきたが、天候が思わしくないので乗鞍岳に変更となった。また、都内は満開の桜に降雪といういう記録的な悪天候で出発を一日延期した。小泉は久しぶりの春休みを充実させようと焦っている。
 エイプリルフール、今日こそ嘘なしの出発だ。都内から高尾山あたりは前日降った雪がまぶしく、別世界のようだ。自然に気持ちも浮き立ってくる。
 乗鞍高原スキー場は感謝デーでリフト料金はたったの百円。幸先いいわいと喜ぶが、目指す国設リフトは閉鎖されていてシールを付けて登り始めた。一泊分のリュックだから軽くはない。重い装備を背負いゲレンデをカタカタと登って行くとすぐに汗が吹き出す。幸運にも第3リフトだけは稼働していて、地獄に仏。リフトは本当に有り難い。
 リフトの終点からツアーコースになっている。正面には急な斜面が立ちはだかり、キックターンを繰り返しジグザグに登る。再三息が上がり、足は重くガクガクだ。緩斜面を登ると平らな雪面に出、たまらずここで休む。重い荷物はできるだけ低い所に置く方がいいから、そのまま幕営することになった。
 雪の上で寝るのは何年ぶりだろうと小泉が喜ぶ。晴れ間もさして風もない。素敵なサイトを見つけテントを張る。こうなってしまえばのんびりと入山儀式。そのまま、ああこりゃこりゃになり、そのまま夕飯を食いそのまま寝てしまう。都合5時間だらだらとエスパース内で懇親を深めていたことになる。これだから山のテントはやめられない。ウイスキーが底をついた8時ごろ就寝。テントの内張が霜をつける程度に冷え込み、小泉はよく眠れなかったと言う。
 2日、予定通り4時に小泉が高いびきの男どもを起こす。朝飯のラーメンをすする頃、きれいな夜明けを迎える。今日も好天が予想され、気持ちも引き締まる。ここからは登はん用具だけを持って出かける。重荷から解放され、昨日よりはずっと楽だ。6時、山頂を目指してシール登行を始める。小泉のスキーセットは年代物で痛んでいるが、北海道で鍛えた脚力と技術でカバーしている。先頭を歩いていた私は腹が邪魔でいつの間にか最後尾になってしまう。
 休憩時はツェルトを体ごと被って風を遮る。なるほどこれなら体温が下がらなくていい。これまで物置専用だった私のツェルトが初めて役に立った。稜線に近づき風も強くなってくる。道路のカーブミラーも、乗鞍大雪渓の看板も全て雪に埋もれている。竹竿が立てられてコースを導いている。ガスもなく、広大な雪原にいるのは私たちだけだ。
 ひたすら肩の小屋を目指して登行を続ける。ガリガリの雪を踏みしめ、やっと稜線にある東大宇宙線研究所に着く。入り口を勝手に開いてみると人がいて、玄関だけなら使っていいという。風がなく暖かいので、有り難く休ませてもらう。
 ここからはアイゼンを付けピッケルを持ってピークを狙う。中村はスキーストックで歩く。岩稜と雪のミックス状のルートは時折強風が吹きつけ、耐風姿勢でやり過ごす。疲労と緊張で息を切らして朝日岳山頂着。展望が一気に広がる。ここは乗鞍の偽ピークで、さらに風が猛威を振るう稜線をつめていく。顔に風が当たると痛い。山スキーは楽しいな、と浮かれ気分で来た自分をもう一度引き締める。ここは北アルプス、春とは言え、三千メートルを越す日本有数の高山なのだ。
 肩の小屋から2時間弱の風との戦い、もう一つの峰を越えついに剣が峰山頂に立つ。あずまやの柱には巨大なエビのしっぽがびっしりと付き、風が咆哮している。握手して登頂を確認しあい、風をよけて祠の前にツェルトを張って登頂の喜びに浸る。この間に雲が切れ、北アルプスの全貌が見えてくる。快哉を叫び写真を撮り山頂を後にする。
 ここで私の右アイゼンが外れてしまった。出かける直前にいい加減に調整したのが緩んでしまったようだ。装着するのに手間取るので片足で歩く、がそれも外れてしまう。急斜面のアイスバーンのところに来て危険を感じ、改めて付け直してアイゼンをだましながらそろそろ下山するしかない。二人に遅れること15分、肩の小屋にたどり着きほっとする。
 さあ、これからがお楽しみタイム。ガイドブックには「延々8キロの豪快なダウンヒル」とある。小泉はにこにこしながら革靴の紐を締め直し、最新型ブーツの中村もにやりとしてレバーをスキーモードに入れる。竹竿沿いに好きな所を下山すればいい。この日初めての男二人組が登って来た。見渡す限りの大雪原。私たちはこの時を待っていたのだ。いざ、出発。
 ところが、風が吹きつけた雪面はうねり、足を取られターンも思うように決まらない。小泉は何度も転倒する。私も転倒して、テメエの重い体を起こし上げるのに大腿筋が痛くなる。ハッピータイムのはずがハードタイムになってしまう。ニセコや雫石に飛行機で乗りつけてスキーの腕を磨いてきた、小金持ちの中村はさすがに滑りが安定している。
 うねった重い雪に苦労しながらもテントに戻ることができた。いやはや、山スキーは辛くも楽しいものなのだ。ふり返ると先ほど踏みしめた乗鞍岳の頂が、はるかに輝いている。登頂の喜びが実感として涌いてくる。テントを撤収し、再び重いリュックを背負って下降する。転ぶと大変だから慎重にキックターンを繰り返す。
 やっとの思いでスキー場におり立つ。圧雪されたゲレンデならターンが思いのままにできる。重い荷物もなんのその、営業してないスキー場は三人だけのものだ。ここにきてスキーの爽快感を心ゆくまで堪能できた。ワーイと叫んでみる。楽しすぎてちょっぴり感傷的になり、言葉もでない。そんなひとときは夢のように終わる。
 駐車場到着、3時前。ブーツを脱ぎ素足になり、汗だくのウエアを脱ぎ捨てTシャツを着る。芽吹き始めた木立をかすめるそよ風が本当に心地よい。乗鞍スカイラインをブルドーザが掘り起こしている。もうすぐ春の観光シーズンが始まるのだろう。
 遊び疲れた幕引きの手順は決まっている。新島々の妙鉱温泉で湯に浸かり、命のビール。渋滞のない中央道をスムーズに帰京、8時池袋にて解散。天候に恵まれ、シール走行に汗流し、強風をついてピークを踏むことができ、ダウンヒルでは手こずったが、納得のいく山行となった。
 私個人の記録では百名山の60座目を達成することができました。有り難うございました。  (4月12日)