南アルプス 北岳バットレス4尾根主稜


期 日 平成8年10月10〜11日
パーティ 山城宗健 英利恵  阿部功


 10月9日PM11時。新宿駅南口。

  夜中の11時だというのに、すごい人、人、人。この町は眠ることはないのか?などと思っていると、見覚えのあるいつもの顔がやってくる。山城君である。彼が言うことには、今日来ると言っていた、中村CLと村瀬さんが来れなくなったとのことなので、我々2人と甲府で待ち合わせのハナちゃんと北岳バットレスへ向かう。

  速いこと、速いこと、周りの車をどんどん追い抜いていく。境川P.A.でハナちゃんと合流し、AM2時頃広河原にて仮眠。

  朝8時起床。みごとな紅葉に感激する。

  太陽の上昇と共に気温も上昇。大樺沢を登る。素晴らしい天気と景色に気分爽快であるが、メンバーの一人がゲロゲロやっている。彼が言うには「気分最悪」だと。昼頃二股へ到着する。今日はこの辺にテントを張り、明日バットレスへアタックすることにして、あとは飲んだり、食ったりで、なんとPM6時前に全員脳死状態に陥る。昨夜は寝不足だったもんだから……。

 AM5時50分。幾分ガスってはいるが、中止する理由はどこにもない。c沢を過ぎ、d沢を過ぎた辺りで取り付きへ向かう。cガリー、dガリー、ピラミッドフェイスへと取り付いている先行パーティがある。
8時、我々も登攀開始。

  ピラミッドフェイス1ピッチ目の登攀は、体が慣れていないせいもあり、緊張する。2ピッチ目、上から落石の雨アラレ。上のパーティに「合図ぐらいシローッ!」と怒鳴りつけ4尾根主稜の末端で、ハナちゃんとリード交替。

  ハナちゃんは難しい方へルートをとってしまい「登れまセーン」。慌ててまたリード交替。今日は平日だというのに、長い順番待ちを強いられる。ここに居るみんなは同じ考えだったのだろう。

  空模様が怪しいなと思っていたらポツリ、ポツリ雨が降り出し、やがて雪に変わった。ブルブル震えながらの順番待ちは辛い。岩もすっかり濡れ、ホールドを握る手も冷たい。やはり日本一高所でのクラ イミング。山を登っているという実感がある。

 4尾根がこんなに長かったけ?PM4時登攀終了。
雷鳥が「ガー、ガー」鳴いている。足がジンジンと泣いている。稜線に飛び出すと、風雨の冷たさにそのまま八本歯のコルへ直行する。5時前だというのに、すっかり暗くなっている。急な下りに、ひざが笑い出す。二股のテントで湯を沸かし、しばしのコーヒーブレイク。

  ヘッドランプをつけないと外は何も見えなくなっている。PM6時、雨の中をテントを撤収し、広河原へ戻ってきたのは夜8時。なんと今日の行動は14時間であった。近頃体力に自信を無くしていたが、山城君と2人で「まだできるジャン!!」。

  久々に充実した山行でした。その日は終電に間に合わなくて、山城邸に宿泊させてもらう。風呂が気持ち良かったこと。パンツまで出してもらって、どうやって返そうかと思っています。



  最後に。
 ハナちゃんが、日本酒やワインやウィスキーや焼酎など、飲みきれない位いっぱい持って来てくれました。

  俺も酒は好きだけど、こんなに飲まないぜ。誰だ? 変なことを教えた奴は? 水野、中村、岡田、それとも山城・・・・・・?みんなそれぞれに疑わしい。環境が悪いのかな、やっぱり・・・・・・。
(記 阿部)
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南アルプス 北岳バットレス登攀記 山城 宗健


 11日、午前6時起床。流石に12時間の睡眠で体調は悪くない。テントの外を見ると天気は悪くなさそうだ。朝食を早々に済ませ、登攀具と水を少々の食料をザックに積めこみテントから出る。大樺沢二俣の10月の朝は紅葉の中、凛としている。天幕は撤収せずに張ったままで行く。
6時50分、二俣発。八本歯のコルへの登りに掛る。昨日の不調はどこへやら、絶好調とは言わない迄も、充分1日の登攀に耐えられそう。6日の米子沢に続いて昨日も広河原から二俣に掛けての歩きで何回も吐いてしまって些か自信喪失気味だが、今日は行けそうだと思う。
cガリーを詰めず登山道をそのまま上がり、取付きに回り込む様な形で、ピラミッドフェースの取付きに。さあ登攀と思いきや、既にdガリーから十字クラックの方に掛けて何パーティーも取付いている。早くも順番待ちだ。8時10分取付き着。

 8時30分登攀開始。トップ阿部、草付きから凹角へザイル一杯に伸ばす。ミッテル英チャン、初めての本チャン、それも一昨年の三ツ峠以来で少々緊張気味だ。一昨年の三ツ峠では中央カンテで右足の膝下を縫う怪我をしている。後遺症はないが、慎重に上へ向う。V級のピッチだが、たっぷりと時間を掛け阿部チャンの所へ3人揃う。

 2p目。草付きのバンドを左へ。ここで上部から大量の落石が来る。上からの声がないので阿部チャンと2人で上へ怒鳴る「危ないぞー!!ラク言え!!」。とてもビレイを取っていられる状態ではない。3人ともバンドを逃げて、ビレイを取り直す。

 3p目、4p目。フェースを右の方へ。右に第4尾根の末端が見えて来る。天気も良いし快適にクライミングを楽しめる。ただ一つ難をいえば、今日は10月11日金曜日。平日なのにどうしてこんなに混んでいるのか。やはり今日休むと4連休なので、皆今年最後のクライミングとばかり繰り出したのだろうか。

  高度を増すにつれ英チャンの緊張も比例して来ている様だ。勿論、阿部チャンや私も緊張感はあるのだが、こちらは久々の本チャンで周りの景色を眺め乍らの楽しいクライミングだ。もっとも最初からずっとトップの阿部チャンは大変だろうけれど。

 ピラミッドフェース上部になって後続の2人パーティー、上の2人パーティーと団子状態になって来て、阿部チャンリードの後、英チャンと私と2人は同時登攀で行く。昼近くなって、周囲がガスって来て、ホワイトアウトの状況の中、風に乗ってチラホラと白いものが飛んで来る。何と雪だ。まだ4尾根に来ていないが上に抜ける事にする。

 7p、8pと寒くなって来て、岩が冷たい。ピラミッドフェースから4尾根へ。これで10p目から11p目。第1のコルから第2のコルへ。ここで雪が激しく降って来る。先程迄降ったり止んだりだったが、殆ど連続して雪になってしまう。時間は2時頃。

 そして核心部X級の垂壁へ。雪が溶けて岩が濡れているが、3mの垂壁は左側のクラックに3本のランニングを取って、右側のリッジから乗超す。他人が攀じるのを見ていると、結構大変そうだが、左のクラックにフィンガージャムがよく効く。足元も滑りそうだが、しっかりして気持ち良く右手をガバで
越す。

 リッジ沿いにマッチ箱のコル。懸垂下降で下った後、少し登りかえしてビレイ。dガリー奥壁が濡れて、黒光りしている。リッジ上のクラックから凹角、もう1p、やさしいリッジを左へ登る。
午後3時50分終了。終了点では雷鳥があのお世辞にも美声とは言えない鳴き声で我々を迎えてくれた。

 とりあえず無事に着いたので3人握手。夕闇が迫って来ているので、そそくさと稜線へ。稜線へ出た途端、北風の襲撃を受け、物凄く寒い。頂上は諦めて、八本歯のコルへ一目散。急な下り坂を進む。ここで阿部チャンのヘルメットが転がりそのまま視界から遠のいてしまった。あわやヘルメット、1枚のカラビナを共に何処にか。ヘルメットを諦めた阿部チャンと3人、明るい内に天幕へと下る下る。

 5時35分、二俣の天幕着。漸く一心地着いてお茶にする。今朝の凛とした晴天はどこへやら、天気は下り坂なのかも知れない。お茶を飲んで一心地着くと、昼飯もロクに食べていないのを思い出し、3人でパンをかじる。昨日はここで優雅にコーヒーを飲みながら3人の夕食、阿部中華丼、英ハヤシライス、山城カレーライスを回し食いし乍ら「満腹」に浸っていたが、今日は濡れ鼠の3人が、コンロに手をかざしながらパンにかじりついている始末だ。ここで降っている雨は上では雪になっているのだろう。

 全員カッパにヘッ電の出で立ちで、意を決して天幕から外に出る。天幕撤収。6時25分に二俣を後に広河原へと下る。途中、登山道がガレて通れなくなっていて、沢を渡って迂回しなければならない。大汗を掻いて、広河原のキャンプ場で水をガブ飲み。

 8時広河原着。早々に着替えて発つ。ガスが濃く、スーパー林道は殆ど徐行運転という感じ。渇きを癒すべく夜叉神峠の自動販売機で飲物を求める。外に出ると汗が引いたせいか、夜の寒気が凄い。気温6度、寒い筈である。さしものガスもここ迄で、ここから甲府へ向って下る一方、竜王立体の20号に出た所のハンバーグ屋で夕食を摂る。ゆっくりと食事をしながら、一昨日からの山行の話に花が咲く。一昨日の11時に新宿駅で待ち合わせた。先週の集会の時にはチーフリーダーの中村サンと村瀬サンが山行を共にする

 筈だったが、人数が5人になっていれば今日の行動がもっと遅くなっていただろう。たまたま3人になってしまったのが幸いしたのかも知れない。紅葉の晴天では鳳凰三山から先の方迄展望出来たが、まさか、雪中クライミングになるとは思わなかった。

 10時15分店を出る。遅くなって終電に間に合わなくなった阿部チャンと拙宅に着いたのは12時5分前。平日の中央高速は渋滞がなくて良い。
 家に帰って、狭い乍らも風呂に入って、阿部チャン、カミサンと3人で2時過ぎ迄話をしていた。